MMNet2001 「ITと学習環境」シンポジウム (2001年7月31日於慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)

「外国語教育におけるCALLの研究と実践」

境 一三(慶應義塾大学経済学部)

skazumi@hc.cc.keio.ac.jp


 

本発表の目的

 日本でのCALL (Computer Assisted Language Learning) をめぐる現状は,個別の実践と研究は存在するが,学問としての組織的・系統的研究はいまだ行われていない段階にある,と言ってよい。しかしCALLが外国語教育全体の中で意味を持ち効果を上げるためには,CALLに関する学問(これを仮にCALL学と呼ぶ)が確立されなければならないであろう。アングロ・サクソン圏では,すでにこの分野の研究は目覚しく,大学院でCALLが研究され,修士号や博士号を取得することが可能になっている。

 本発表では,日本におけるCALL学の確立の必要性と可能性を,発表者の慶應義塾大学日吉キャンパスにおける教育実践と研究,更には東京外国語大学におけるCALLをテーマにした授業の展開を紹介しながら説く。

 

外国語教育研究の基盤の上に立ったCALL学

外国語教育にあっては,実践と研究は表裏一体のものである。CALLは外国語教育の実践の一部分を成すものであるから,CALL学は外国語教育学の基盤の上に立ったものでなくてはならない。外国語教育学(個別には英語教育学,ドイツ語教育学など)は,(応用)言語学,文学,教育学,心理学,人間工学,情報科学,認知科学といった隣接学問領域との連携を必要とする学際的学問領域であり,研究と実践の場の往還運動を条件とするフレームワークである。CALL学はこのような外国語教育学の一部分として成立し,その学際的性格も受け継ぐ。

日本における現在までのCALLの実践では,多くの場合個々の教員がそれぞれの置かれた環境に適応した教材ソフトを開発し,使用してきた(もちろん,英語のように専門業者による開発が進んでいる分野では,市販ソフトが使われてきている)。しかし,こうした実践を行う教員の多くが外国語教育学に通暁しているとは言えず,むしろ教育に対する熱意と新しい技術への関心に支えられて,理論的背景抜きでアド・ホックに開発がなされてきたという点は否定できないであろう。また,教材ソフトを開発する教員が組織されることもなく,各地で同じようなものが相互に無関係に作成されるという非効率も見られた。そもそも教員が,自分の教育実践が教育のグランド・デザインの中でどこに位置するのか,どのような教育メソッドがその背景にあるのかを十分に意識することなく,日々の授業のために教材を開発するというのがもっともありふれた姿ではないかと思われる。

しかし,このような状態のままで本当に日本の外国語教育の質的向上が図りうるのであろうか。疑問である。理論的背景を欠いたままでは,外国語教育に対する中・長期的見通しを持つことも,改善のための政策的提言を行うことも難しい。教育の現場でCALLを真に外国語教育に役立つものとするためにも,CALL学の成立は焦眉の急である。また,この分野の本格的展開には大学院教育が不可欠であり,修了者にはしかるべき学位が授与されることが必要である。近年,慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス,関西学院大学,関西大学などで言語教育を研究対象(の一部)とする大学院研究科が設置されつつあるが,そうした研究科での本格的CALL学の進展を大いに望みたい。

 

慶應義塾大学日吉キャンパスのCALL教室設計

慶應義塾大学日吉キャンパスでは,1999年度に試験運用を始めたCALL教室(第3校舎334番教室)が2000年度から本格稼動しているが,この教室の最大の特徴は机をすべて三角形の可動式としたこと,コンピューターはノート型とし,必要のないときには閉じられるようにしたことである。この設計の背景には,まず発表者の外国語教育に対するコンセプトがあった。設計に当たっては,従来のコンピューター室にありがちな固定机,教員・学生対面式(いわゆるスクール型)を廃し,またコンピューター室でその存在を主張しがちなコンピューターを目立たぬようにし,主人公はあくまでも学生であることを強調した。発表者は常々,教室では言葉が発せられなければならないと考えている。特に外国語教育においては,教室は「話す」という身体活動(「話す」という行為は,言うまでもないが口と頭を使うだけではない綜合的身体活動である)を中心に設計されなければならないと考えているが,この教室の設計に当たってはこの点を最重要課題とした。つまり,ダイアローグやスキットを演じるという課題の時にはマシンは必要なくなり,机は隅に寄せられて「演じる空間」が必要になる。また,ペアワーク,グループディスカッションと全体会議の時には要求される机のレイアウトは異なるであろう。大きな円卓を構成することは固定机では不可能であるし,個々の机は四角より三角の方がよい。無論,コミュニケーションを阻害する大きなモニターを持ったコンピューターが教室のなかで存在を主張されては困る。また,コンピューターが扱える言語も,日本語・英語だけでなく,キャンパスで提供されている語種すべてに対応していなければならない。このような考えに基づいてわれわれのCALL教室は設計された。

 ここに見られるのは,技術優先の設計方法ではなく,あくまでもそこで展開されるべき外国語教育のあり方を想定し,そこから逆算してレイアウトの多様性,コミュニケーションの取り易さを考慮した,学習と学習者中心の設計法である。以上は,CALL教室の設計というCALLの一分野での実践例であるが,個々の技術的要因はそこで何を目標とし何を行うかという外国語教育のグランドデザインとの連関で決定されるということを示す,具体例として取っていただきたい。日吉キャンパスCALL教室の設計コンセプトについては以下を参照のこと。

http://www.hc.keio.ac.jp/~skazumi/waseda000711/index.htm

http://www.hc.keio.ac.jp/~skazumi/monbusho000718/index.htm

 

東京外国語大学におけるメタレベル学習の実践例

 発表者は2001年度,東京外国語大学で「コンピューターとドイツ語学習研究」という授業を担当している。これは,主にドイツ語を専攻する3・4年生を対象とした演習科目であるが,授業の目標を以下のように示した。「はじめに外国語学習・教授の方法論を学びつつ,自らのドイツ語学習のあり方を検討する。それを踏まえて,コンピューターなどの新しいテクノロジーの活用可能性を考察する。」この演習によって,学生に自らの外国語学習について考えるというメタレベルでの考察の機会を与え,生涯に渡る学習活動を主体的に構成してゆく力を身につけてもらいたいと考えた。そして,それと同時に,学習にとって必ずや有効な(補助)手段となるであろうコンピューターをはじめとするITテクノロジーとの接し方も学んでもらおうと考えたのである。

理論学習の他に,自らが教える立場に立ったと仮定して,コンピューターによるドリルなども含めた授業を計画するといった実践的な学習も行っている。その際,日吉キャンパスに導入しているオンライン・ドリルシステムWeb Exerciseを使って問題を作るということも経験する。また,後期にはカナダのVictoria大学で開発されたWeb用のオーサリングツールHot Potatoesを使って教材を作ることも計画している。発表者はこの演習がCALL学成立のための条件を探る測鉛になり得るのではないかと考えている。この授業については以下を参照のこと。

http://www.hc.keio.ac.jp/~skazumi/gaigo.htm

本発表の直前に知ったのだが,ケンブリッジ大学でも今年度,外国語学習にITテクノロジーをいかに活用するかというテーマを掲げたパイロット・コースを設けている。詳しくは以下を参照のこと。

http://www.mml.cam.ac.uk/call/cert/