"Information and Communication Technologies for Vocationally Oriented Language Learning: From Awareness to Impact through Implementation"(ICT VOLL)参加報告

 境 一三

『ドイツ語教育』7号、日本独文学会ドイツ語教育部会、2002年9月、115-118ページ


0. はじめに

 2002年4月10日から14日まで,Essen大学で開催された標記のワークショップにEssen大学客員研究員として参加した。この会議はBundesministerium für Bildung und ForschungとEuropean Centre for Modern Languages (ECML)の共催になるもので,Essen大学のBernd Rüschoff教授が主任講師,International Certificate Conference (Frankfurt/Main) のAnthony Fitzpatrick氏がコーディネーターを務めた。

 10日はオープニングのみ,14日は出発日と,実質は3日間の短いワークショップであったが,ヨーロッパにおけるこの分野での状況を垣間見たので報告したい。

 

1. ECML

 ECMLはオーストリアとオランダのイニシアティヴによって1994年に設立されたCouncil of Europeの下部組織で,グラーツに本部を置き,「言語政策の実施に寄与し,併せて現代諸語の学習・教育に対する革新的なアプローチを促進すること」を目的として活動している。戦略的目標としては,「現代語の学習・教育の実践に焦点をあてること」,「現代語教育の実践者の相互交流を促進すること」,「多言語使用者のトレーニングに力点を置くこと」が掲げられている。

 ECMLは複数言語学習,異文化学習能力獲得などに関する数多くのプロジェクトを2年から4年の計画で実行しているが,情報技術を活用した外国語学習の研究も一つの大きな柱となっていて,ICT VOLLも2000年から2003年の4年計画で実施されている。プロジェクトは専門家会議,ワークショップ,ネットワーク会議,地域会議,出版からなり,ワークショップはグラーツだけでなく,地域会議としてすでにインスブルック,モスクワで行われ,今回のエッセン会議はそれらに続くものである。

 

2.会議の概況

 参加者はヨーロッパ各国からノミネートされた30人ほどの教員・研究者で,何らかの形で職業教育や社会人教育と関係がある者,教員養成(大学のAnglistikやDaF/DaZもこれに含まれる)にたずさわる者などであった。ドイツからは大学以外にVolkshochschuleの教員養成担当者が参加していた。

 会議の使用言語は英語とドイツ語となっていたが,参加者は圧倒的多数が英語教育もしくは英語教員養成担当者であり,それ以外の者にも英語は通用言語であったために,私的な会話以外でドイツ語が使われることはなかった。(このことは,英語以外の言語について議論するときも,それが特定の一言語のみを扱う場合でない限り,英語で議論せざるを得ないというパラドクシカルな状況を示している。)

 会議は全体会議とグループ作業から構成され,全体会議ではRüschoff氏の基調講演以外にも主催者側(専門家会議のメンバーでAnimatorと呼ばれる人がグループ作業の指導に当たった)の導入的講演や参加者の実践報告などがあった。

 Rüschoff氏の基調講演は,参加者が必ずしもICTの分野で知識と経験があるわけではないという事実を踏まえた概論的なものであったが,コンピューターなどのICT技術を使うことが,いかに学習者の学習意識を喚起し,発見的に学習を構成して行く可能性につながるものであるのかを示すものであり,コンピューターというとドリルなどの機械的学習のみを考えがちな教員には示唆的なものであったと思う。

 参加者の報告では,ノルウェーの自動車産業従事者のためのオンライン英語教材や,ドイツのVolkshochschuleのオンライン教員養成講座が印象に残った。いずれも数年をかけて念入りに作られたもので,デザインなどのマン・マシン・インターフェースに配慮が行き届き,完成度の高いものであった。また,いわゆる「掲示板」機能を十全に活用するなど,Webの持つインタラクティヴ性を有効に生かす志向性を強く打ち出していた。

 

3.グループ作業

 グループ作業は3班に分かれ行われた。テーマはそれぞれ,1) Data-driven learning, 2) Web-based scenarios, 3) Creating learning scenarios around available materials であった。

 報告者は第1グループに入ったため,他のグループの状況は審らかにしない。従って,その部分は全体会議での報告を元に略述する。

 3.1.

 data-driven learningのグループでは,コンコーダンスソフトウェアとHotpotatoes, WIDA-Suiteなどの教材作成ソフトを扱った。時間が十分になかったために,大半はコンコーダンスに費やされた。作業はコンコーダンサーの紹介とその学習上の意味づけに関する議論に始まり,参加者自身がコンコーダンサーを使った授業の教案と教材を作るまでにいたった。大半の参加者がコンコーダンサーに触れるのは始めてだったが,現場の教員の問題意識から教材のアイディアは豊富に出た。最後はコンコーダンサーを用いた授業の流れまでもが参加者から提示された。

 教材作成ソフトは,時間の都合で実際に触れたのはHotpotatoesだけだったが,Webベースの教材がいかに簡単に,しかも有効な形で作りうるのかの紹介を受けたあと,それぞれが時間の許す限り自分なりの教材作りに取り組んだ。

 3.2.

 Web-based scenariosのグループでは,Webサイトに設けられた授業用のプラットフォームをいかに使うかについて議論が行われたということである。主催者側のWeb-masterによて実際のWebサイトに教員個人個人のページが簡単に作れる仕組みがすでに整えてあり,参加者はそれぞれの素材をそこに掲載すれば自分用のページができあがる。全体会議では実際に素材をアップロードして作られたページが披露された。このグループでは,このような環境をどのようにそれぞれの授業に活用するか,特に教員と学生,学生と学生,教員と教員がいかにインタラクティヴに作業をしていくか,どのようなプロジェクトを立てて学習して行くかについて議論されたとのことである。

 3.3

 Creating learning scenarios around available materialsグループでは主にCD-ROM教材の活用法について議論したとのことである。具体的には,社会人向けに開発されたCD-ROM教材(会社を舞台に設定し,実際にビジネスの電話を掛けたり,ビジネスレターに返事を書いたりするタスクが含まれる)を実際に見ながら,評価を行い,長所・短所についての検討がなされた。その他,Webのプラットフォームの利用法にも話が及んだとの報告があった。

 

4.感想

 このようなワークショップに参加を許された東アジア人としての感想を最後に述べたい。

 日本でもこれに類するワークショップや研究会は行われている。今回のEssenワークショップの参加者の技術的レベルはまちまちで,平均値としては日本のこの種の会の方が高いのではないかと思われる。

 しかしながら,彼我の差は大きい。なぜならば,今回の参加者はそれぞれの国の代表者であり,ヨーロッパレベルの言語教育政策に基づいて参加し,それぞれの国や地域でこの分野の研究や実践の普及に当たる任務を帯びているのである。決して単なる個人の関心だけで参加しているのではない。確かに多くの参加者は技術的にはいまだ低いレベルにある。しかしながら彼らは経験豊富な教員であり教員養成者でありDidaktikerである。彼らが技術のエクスパートと共にこのようなワークショップを行うことに意味があるのである。ここには学問と教育現場の共同作業が見られ,学問の成果と現場の知見の相互交流がある。技術のエクスパートとベテラン教員が手を取り合って互いに学びあっているのである。

 ICT技術を使った外国語教育が一部のコンピューター・フリークによって担われた時代はすでに終わっている。今日本で求められているのは,先進的活動を行ってきた教員たちの蓄積を外国語教育学の基盤の上に学問化し,外国語教育全体の共有財産とすることである。しかもそれを,私たちは外国語教育政策の提言とともに行わなくてはならない運命にある。なぜなら,日本にはEUで行われているような言語政策や言語教育政策がないのだから。

 更にいうならば,東アジアの国々で国境を越えた教員間の交流や,この分野での共通の基盤作りが必要であろう。ICTを活用した外国語教育は,このような視野の広がりと政策的な配慮を以てはじめて,時代の要請に応えることができるであろう。