Interuniversitäres Seminar für deutsche und japanische Kultur 紹介

境 一三

『ドイツ語教育』7号、日本独文学会ドイツ語教育部会、2002年9月、94-102ページ


◆成立過程と歴史

 通称インターウニと呼ばれるInteruniversitäres Seminar für deutsche und japanische Kulturは,すでに20年以上の歴史を経ています。その間,関西や九州でも同様の試みが行われ,それぞれの地域のインターウニとして定着しています。

 本稿では,もっぱらこれらのルーツになり,現在おもに東京を中心に中部地方から北海道までの学生が参加しているゼミナールについて紹介します。

 インターウニの成立過程と歴史については,私たちが「インターウニの父」と読んでいる吉島茂氏(東京大学名誉教授,現聖徳大学教授)の二つの記事(1. "Interuniversitätsseminar für deutsche und japanische Kultur" 日本独文学会『ドイツ語教育部会報』21号,1982; 2. "Interuni - ein Memoire" DAAD友の会『Echo』17号, 2001)に詳しいので,ここではそれを元に簡単に述べるに留めます。

 第1回インターウニと呼ぶべきいわゆる河口湖ゼミ(1978年)は,東京大学教養学科ドイツ分科の合宿ゼミナールを母体に行われました。すでにドイツ分科のゼミは「単なる会話の練習でなく, 日独の言語行動上の, 言葉に対する対応の仕方の差違を分からせよう」という目的で行われていました。「それが会話, 討論の能力を向上させると考えた」からです。この目標に加え,さらに「日本の人文系学問(特にGermanistik)に見られる視野の狭隘さを打破り,ヨーロッパだけに,専門にだけ向けられている目を, 他の世界に,他の分野にも, 何よりも日本の状況に向けること」と「ドイツ語を話す人間が, ドイツ人との共同ゼミで主導権を握るというありがちな傾向を改めること, すなわち日本語の復権」を掲げ,広く他の大学にも呼びかけ,Goethe-InstitutやDAADの支援を受けて立ち上がったのがインターウニ・ゼミナールです。(以上引用は,吉島1982による。)当初は三島憲一氏(現大阪大学教授)がOrganisatorを務められましたが,第2回目以降はもっぱら吉島氏がその任に当たられ,今日の活発なインターウニを作り上げられました。氏の東京大学定年退職を期に,現在では数人の教員がまとめ役を務めています。

 当初は学部1年生から大学院生までが集まるゼミナールひとつでしたが,数年経つうちに,参加者の中での言語能力と専門知識の格差が大きくなり,ひとつのゼミでは収まりきらなくなりました。そこで,1年生から4年生を対象とする「春のゼミナール」と,3年生以上大学院生を対象とした「夏のゼミナール」をそれぞれ年に1回開催するようになりました。前者ではことばのトレーニングに,後者ではコンテンツに重点が置かれています。

 

◆4つ(5つ)のInter

 上に述べた目的を以て出発したゼミナールですが,私たちはこのゼミナールの特徴をInteruiversitärität, Interkulturalität, Interdisziplinarität, Interlernenという4つのInterで表しています。すなわち,さまざまな大学から多様な専門分野と文化的背景をもった学生や教員が集まって互いにまなびあう,ということです。さらに,取り上げあられるさまざまな問題を学問的観点から議論するだけでなく,日常的視点から眺め,その上でもう一度学問的コンテクストに戻してみるというInterdimensionalitätも重要視しています。

 いずれも程度の差こそあれこのゼミナールで実現していますが,この種のゼミではinterkulturellとinterdisziplinärであることが最重要でありかつ常に難しさをはらんでいると感じています。しかし,ことばが考えを育む母胎であり考えと考えの橋渡しをするものである以上,また私たちがひとつの固定した視点からだけではなく複数の視点からものごとを見る必要がある以上,これらの目標を掲げることを不可欠であると考えています。

 

◆春のゼミナール

 春のゼミナールはJuniorenseminarと呼ばれ,毎年3月に4泊5日の日程で福島県新甲子温泉にある獨協大学新甲子研修所で行われています。学生の参加定員は90名ですが,少ない年で80名少々,多い年では100ほどの参加者があり,これにドイツ人の学生5名程度,日本人・ネイティヴスピーカー教員がそれぞれ10名ほどで約20名,合計120人ほどという大所帯です。これだけの人数が寝泊まりし学習できる場所を私たちが支払い可能な範囲で確保することは非常に難しく,獨協大学の援助無しにはこのゼミナールは不可能です。しかも獨協大学からはドイツ語スタッフがいつも数人参加してくださるので,その意味でも獨協大学に多くを負っています。

 春のゼミナールの対象は大学1年生から4年生まで,もちろん専攻は問いません。扱われるテーマによって異なりますが,人文系の学生ばかりでなく社会科学系の学生も多く,また理系の学生も相当数います。全体から見ると独文専攻の学生はむしろ少数派だと言えるでしょう。

 ドイツ語学習歴もまちまちで週1回の授業を1年間受けただけの学生から,数年間の滞独経験のある学生までですが,大多数はゲーテ・インスティトゥートのレベル分けでいうとGrundstufeに該当する学生です。これを自己申告と簡単なグループ・インタヴューでおおよそのレベルに分けて,1グループが10名を超えないように10〜11グループを編成します。

 このゼミナールでは毎年異なったテーマが決められ,各教員はその枠の中で比較的自由に教材や方法を選択し,また4技能のうちどれに重点を置くかなどを事前に最低2回行われる準備会などで話し合っておきます。また,授業はティームティーチングで行われることもあります。因みに,ここ5年のテーマを挙げると,98年 "Wasserwelt",99年 "2000",2000年 "Bild und Sprache",2001年 "Essen und Trinken",2002年 "Partnerschaft und Familie"となっています。

2002年の案内の一部を引用しましょう。

 

 「今回のテーマは、"Partnerschaft und Familie"です。ドイツでは近年、夫婦別姓や同性愛者パートナー同士の「結婚」が法律的に認められるようになりましたが、日本でもFamilieや人間関係のあり方は大きく変わりつつあります。皆さんにとっても、祖父母の世代が考える「家族観」、そして両親の世代の抱く「常識」に対して、少なからず違和感を持つ部分があるのではないでしょうか。日独の間でのみならず、ゼミの参加者の間でも、例えばジェンダーや友人関係をめぐる意識は人によって驚くほど違うことでしょう。第21回インターウニでは、そうした身近な話題をとりあげながら楽しくドイツ語を学び、Partnerschaft und Familieをめぐるドイツの状況を観察し、ひいては私たち自身の家族観や人間観も考え直していこうと思います。」

 

 これをお読みになると,ずいぶんと風呂敷を広げていると思われるかもしれませんが,要するに外国語のどのような学習段階であれ,「何」を語りたいのかと言ういわゆるコンテンツがないところには「ことばの学習」はないという考え方から出発しているということです。この枠組みの中では,それぞれの授業は教員に創意工夫に任され,ヴァラエティーにとんだ試みが行われています。

 授業は到着日の夜から始まり,中日の午後を除いて基本的に午前中と午後にそれぞれ3時間のブロックを組んで行われます。最終日は学生の成果の発表と学生による評価,表彰などに当てられますので,学生は全体で6ブロックの授業を受けることになります。学生は全期間を通して1つのグループに属し,そのグループは日本人とネイティヴの授業を交互に3つずつ受けます。

 1つのグループが受ける授業はサブテーマ的にも方法論や教材や使われる視聴覚機材の点からもなるべく偏りがないように主催者側で調整しますが,言うは易く,実際は担当の委員泣かせの苦行になります。しかし,毎回この苦労も吹き飛ぶようなすばらしい授業が行われるのも事実です。

 初級の授業では言語素材を身体表現や絵画表現に転換するということが多用されます。つまり,与えられた素材から自分たちでスキットを作って演じたり,自分たちのアイディアを絵に描いたりするのです。このようなクリエイティヴな活動では学生は喜々として素材と格闘し,驚くべき力を見せることが常です。このような活動を通して,はじめて「ドイツ語を使う」経験をする学生も多く,このゼミナールは「知識」が「経験」と転換する場になっていることがよく見て取れます。

 春のゼミナールではことばの運用能力を上げることを目的として掲げていますが,しかしたった数日の訓練でできることは限られていますから,これだけで学生の力が一挙に伸びるということは考えられません。むしろ大切なのは,学んだことばを「使う」という経験をすること,学ぶ楽しさを覚えることだと考えています。そして,ドイツ語に取り組んでいるのは自分だけではなくて,他の大学にも同じ志をもった仲間がいるのだということを確認して,引き続き学ぶ意欲を得ることに意味があると思います。

 教員側も,なるべく学ぶためのヒントを与えるようにしています。いま流行りのことばでいえば,Lernen lernenという要素を重要視しているといえるでしょう。

さて,大多数の学生が初級者であることはすでにお話しした通りですが,毎年数人非常にレベルの高い学生がいて,彼らを中心に「上級」クラスが編成されます。ゲーテ・インスティトゥートでいうと中級のかなり上のレベルに相当する学生もいます。彼らには,自分たちの学んでいることが将来の職業にもつながりうるのだということを身をもって知ってもらうために,通訳の入門授業も行っています。幸いわれわれのスタッフには日本の会議通訳の第一人者であり,通訳者の養成にも携わっている中山純氏や相澤啓一氏がいますので,この授業はもっぱら彼らが担当してくれています。

 上級クラスでは,プロジェクト型の授業を取り入れることもあります。98年度のテーマは"Wasserwelt"でしたが,その翌年に開催されたハノーファー万博でゲーテ・インスティトゥートがこのテーマで展示をするのに合わせ,学生のプロジェクトを募集したので,参加者が白河市内の酒蔵,醤油醸造所,水道局,消防署など,水に関する様々なところを取材して回り,その結果をドイツ語でまとめてWebの作品に仕上げて応募しました。入賞は逃したものの,学生にとっては日本の事柄をドイツ語で表現するという,得がたい言語経験になりました。

 さて,学生は6ブロックの授業を受けるわけですが,個々の教員はその内の半分,3ブロックを担当します。残りの時間は休息に使うほか,他の授業を参観にいったり,場合によってはそのまま授業の手伝いをしてしまったりすることもあります。参観はこれから自分が担当するグループの下見ということもありますが,教員相互の学習の場という意味があります。これはこのゼミナールの重要な一側面で,学ぶのは学生ばかりではなく,教員も学生と同僚から学ぶということなのです。参観によって得られるものは多く,教材を集めるだけでなく,メソッドも盗むことができます。ここで集めた教材と方法で,自分の大学に帰ってから授業をする教員もいるほどです。

 夜には日替わりでプログラムが組まれ,学生は自分の好きなグループに参加します。大抵3〜4グループに分かれて行いますが,内容は言葉遊び,映画鑑賞,音楽,ダンス,意見発表,ディベートなどです。ディベートではそのときのゼミナールに関係する話題についてproとcontraに分かれて意見を戦わせますが,必ずしも最上級者だけが参加するのではなく,いろいろなレベルの学生がお互いに助け合いながら論戦を戦わせ,最後には勝者がSektを獲得して終わりになります。初めは不安そうだった学生も,最後には「やった」という充実感を顔に浮かべて祝杯を挙げる光景が毎年見られます。

 このゼミナールの白眉は最終日前日の夜に行われるパーティーでしょう。この時のために個人参加の者もグループ参加の者も休み時間を削って練習します。出し物は音楽から手品・ジャッグリングや寸劇まで様々ですが,ゼミナール中の出来事を題材にしたスキットが受けます。ここ数年はこのためにグループ横断的な「劇団」まで結成され,ものすごい力の入り方です。パーティーは夜遅くまで続き,お互いの労をねぎらい,絆をより一層固いものとします。

 最終日の午前中はEvaluationに当てられています。学生にはアンケート用紙が配られ,授業ばかりでなく,その他のプログラムや施設・食事などについても尋ねられます。授業については良いと思った授業,それほど良くないと思った授業もその理由とともに問われ,集計後教員にフィードバックされます。今までの経験では,学生はしっかりと判断をしていて,偽りなく評価していると見ています。こうした学生によるアンケートも,世間一般で話題になる前から行われており,ここにも発足当時からのコンセプトである,みなで作り上げるゼミナール,学生と教員がともに学び会うゼミナールという考えかたがよく表れていると言えるでしょう。

 

◆夏のゼミナール

 夏のゼミナールは春のJuiorenseminarに対してSeniorenseminarと呼ばれたこともありましたが,これだとお爺さん・お婆さんの集まりのようだと評判が悪く,現在では単にSommerseminarと言っています。毎年7月下旬,長野県野尻湖畔の民宿を借り切り,春のゼミナールより1日長い5泊6日の日程で行っています。参加定員は25人,教員は日本側・ネイティヴ側それぞれ5人ほど,それに若干のドイツ人ゲストを合わせても40人に満たないこじんまりとしたゼミナールです。対象となる学生は学部3年生以上博士課程までと広い範囲をカヴァーしています。

 このゼミナールはインターウニの歴史からいうと本流ということができ,春のものと異なってよりコンテンツ重視の活動が行われます。すなわちある程度のドイツ語の基礎力を持った学生が,共通のテーマについていかにドイツ語でディスカッションし,その結果を発表するか,ということを学ぶ場として設定されています。従って,春のゼミでは予習が求められないのに対して,このゼミでは事前に主催者が用意し送っておいたプリントを読んで,あらかじめテーマに関して基礎知識を持ち,自分なりに考えてくることが要求されます。かつては膨大な量のコピーが送られたこともありましたが,実際に学生が読める量は限られますから,今ではそれに合わせて格段に減量化が進みました。文化比較,社会比較を常に視野に入れることから,議論の素材には日本語のテクストも含まれることがインターウニの特徴の一つといえるでしょう。

 4日目に学生によるイニシアティヴの日があるのを挟んで,ディスカッションは実質3日行われます。午前中に4〜5グループに分かれて議論を行い,その結果をまとめて午後の全体会議で発表し,更に全体で議論をするという構成を取っています。春と異なり,前日に次の日の各グループの担当教員とサブテーマが発表され,学生は興味と準備具合に合わせてグループを選ぶので,毎日グループのメンバーが異なります。教員も空き時間はなく,毎回日独ピアで必ずどこかのグループに属することになります。

 もちろん学生のドイツ語レベルはそれぞれ異なり,専門や関心も違いますから,はじめのうちはどのように質問したらよいのかも分からない学生もいますが,自分より少し出来る学生のやり方を見よう見まねで覚えて行きます。時には教員が助け舟を出すこともありますし,日本語の分からないドイツ人には対象が日本のものの場合である場合,助け合いながら説明するということもあります。

 全体会議の司会は,最初教員が受け持ちますが,2回目にはある程度経験のある学生にバトンを渡します。経験のある学生は経験の乏しい学生とともに司会をすることによって,つぎつぎと司会経験も得て行く仕組みになっています。大学での授業では,ゼミナールである程度話すという経験をすることはできますが,ドイツ語を使った司会までを経験する学生は少ないので,学生にとって得がたい機会になると思います。つまり,自分の言いたいことは何とか言えても,人の意見を聞いてまとめ,さらに次の議論の方向付けをするということがいかなるものかを身をもって知る場となるわけです。全体会議でも議論は当然学生主体なのですが,抑えていた教員が我慢しきれずついに堰を切ったようにしゃってしまうのをどう押し留めるか,ということも学ぶべき項目の一つになります。

 参加学生中のベテランの数は卒業などで波があり,経験者が多いときには学生側のイニシアティブが強くなりますが(全体会議から教員が追い払われる,ということもありました),端境期で新規参加者が多いときには,勢い教員側の介入が多くなってしまいます。

 参考までに最近数年のテーマを挙げましょう。1998年 "Gedächtnis und Repräsentation - Kultur der Erinnerung in Japan und Deutschland",1999年"Kultur und Krieg",2000年"Neue Medien",2001年"Bildung, Universität, Gesellschaft",そして本年度は"Weltbilder? Wie sind sie entstanden? Welche Wirkungen haben sie auf uns?"です。

 今年度の案内の中からテーマの紹介を引用します。

 

 「昨年9月11日ニューヨークで起こった同時多発テロ、その後のアメリカによるアフガニスタン攻撃、さらにはイスラエルとパレスチナの対立など、21世紀はさまざまな「衝突」で幕を開けた感があります。アメリカのブッシュ大統領は、テロ後に「悪の枢軸国」を名指しし、「テロリストにつくかアメリカにつくか、二つに一つ」と述べ世界各国に協力を要請しましたが、このような発言が、対立の構図をさらに強力なものにしていく過程も我々は目にしました。このような「衝突」の背景に、歴史的な対立、宗教や文化の違い、あるいは現在の国際政治における力関係等、さまざまな問題が複雑にからみあっていることは、皆さんもそれぞれ読んだり、見聞きしたりしていることでしょう。そもそも、見る人の文化的、宗教的、政治的、経済的立場、あるいは性別によって、さらには手に入れることのできる情報量によって、この世界は全く違った姿を持ちうるものです。このことを、今回のゼミでは「世界像」という言葉をキーワードにして考えてみたいと思います。異なる「世界像」がどのように成立したのか、その違いがどのように語られ、表象されてきたのか、違いをつくる軸にどのようなものがあるのかといった問いから始めてみましょう。自分がどのような立場から世界を見ているのか、ということを意識化するきっかけの場としたいと思います。/今回のテーマでは、ドイツの文化、社会も、日本のそれも、直接前面には出てこないように思うかもしれません。今回はもう少し広い視野でドイツも日本も見てみたいと思っているのです。ヨーロッパというコンテクストの中にあるドイツと、東アジアのコンテクストにある日本とでは、異なる世界像を持っているのかもしれませんし、その一方で、経済的地位が(今のところ)高い国として、日本もドイツも似たような立場で世界を見ているのかもしれません。また、「隣人」とどのように接しているかという問題について、比較することも重要でしょう。」

 

 ここに見て取れるように,私たちは単にドイツ文化圏を問題にするのでも,単に日本文化・社会を問題にするのでもなく,それがお互いにどう見えているか,またそれを包含するコンテクストではどう見えるのか,さらには「見る・見える根拠」までも問題にし,それをドイツ語で(もちろん日本語でも)考えようとしているのです。吉島氏が80年代の初めに書いているように,ものすごく欲張ったゼミナールなのです。

 

◆インターウニ・ゼミナールのこれから

 このゼミナールはすでに20年以上の歴史を築いてきたわけですが,これは吉島氏の「こういったことは始めることは簡単だが,続けなければしかたがない」という考えと,なによりも氏の献身的なアンガージュマンの賜物に他なりません。この点でわれわれ関係者はいくら感謝をしてもし足りないと思います。教員は氏の考えに賛同した者がボランティアとして集まり,ゼミナールを運営していますが,近年になって少々問題が生じています。その一つが,このように割に合わない仕事はしたくないという(特にドイツ側)教員の増加です。もう一つが金銭的問題で,日本からDAAD講師がほとんどいなくなった現在,講師の旅費・手当てという形で援助してくれていたDAADの協賛がほとんど計算に入れられなくなったこと,毎年人的に援助してくれるだけでなく補助金を出してくれるGoethe Institutの補助金額が,レートの関係でかつてのようには大きな額にならないということがあります。

 日独どの機関も経営的に厳しい中,後者はなかなか改善が難しいと思われますが,前者はわれわれのドイツ側への働きかけと情報提供などによって,このゼミナールが単なる労働奉仕ではなく,お互いに学ぶ場であり教員にとってもメリットがあるのだということをはっきりと示すことで,改善が見られるはずですし,現にその方向に動いています。教員も参加回数が多くなると,自分が初心者であったことを忘れ,つい多くのことを既知のことと考え,新規参加者に伝えることを怠ってしまう危険があることを肝に銘じ,特にネイティブ教員との協調体制をより強固なものとしていかなければと思っています。

 これをお読みの皆さんにも,是非参加していただければと思います。まずはHospitierenだけでも結構です。一緒にやってみませんか?