CEF って何?

―成立の背景と主要コンセプトについて―

境 一三

Brunnen Nr. 441, Ikubundo Verlag, Oktober 2006, S. 5 - 9.

 皆さんは「最近色々なところでCEF とかCEFR ということばを聞くようになったな」とお感じではないでしょうか。この二つの略語はどちらもCommon European Framework of Reference for Languages の頭文字を取ったものです。この一両年、日本の外国語教育の諸学会でもCEF が話題としてよく取り上げられるようになり、言語教育関係者には知られるようになりました。ですから、皆さんが職場で外国語教育のシステム構築やカリキュラム編成について話をしている時に、同僚からこの単語を聞いていたのかも知れません。

 ドイツ語教育の世界でもCEF の注目度がとみに高まっています。身近なところでは、最近ドイツで出版された教科書を見ると、みな「CEF 準拠」と謳ってあることに気づくでしょう。例えば私が今年度慶應大学経済学部の1 年生初習クラスで使っているHueber 社のSchritte international 1 にはNiveau A1/1 とあります。これは、この教科書がCEF の定める6 段階のレベルのうち、最初のA1 のさらに前半部をカバーしていることを指しています。

 それでは、いったいこのCEF とは何でしょうか。ここではCEF 成立の背景とそこに盛り込まれた主要なコンセプトをできる限り簡潔に紹介したいと思います。

 

CEF 成立の背景と「行動中心主義」

 ヨーロッパでは、二度の世界大戦を含む域内の悲惨な戦いの歴史を経て、さまざまな言語・文化的背景をもつ人びとや地域が平和的に共存できるよう、ヨーロッパ・レベルでの言語政策や言語教育政策の研究を継続的に進めて来ました。その中心となっているのが欧州評議会です。そこでの研究の中から、1975年にはvan Ek を中心とするグループが当時のコミュニカティヴ・アプローチの理論を背景にThreshold Level English (独Baldegger et al. Kontaktschwelle Deutsch als Fremdsprache, 1980)を著しました。ここには初歩の学習者が身につけるべき言語要素が概念機能シラバスをもとに記述され、教材作りと授業の指針が示されました。さらにそれから25 年の研究と議論を経た2001 年に、ある意味では戦後のヨーロッパにおける言語教育政策研究の総決算として欧州評議会が公表したのがCommon European Framework of Reference for Languages: Learning, Teaching, Assessment(独Gemeinsamer europäischer Referenzrahmen für Sprachen: lernen, lehren, beurteilen)(邦訳 吉島他2004)です。

 CEF が提唱する新しい文化・教育的パラダイムでは、その基底にあるのは「行動中心主義」です。この考えによると、私たち人間はみな「社会的に行動するもの・社会的存在」として捉えられます。つまり、生活の中で何らかの「課題」を解決することを求められる社会の成員なのです。そしてそのような社会の成員としての個人は、具体的な行動を通して種々の課題と取り組みながら、言語能力を獲得していくのです。従って、言語教育もそれに対応して、学習の中で具体的な課題が設定され、それを解決するプロセスの中で言語能力が獲得されるようにデザインされなければならないということになります。

 現在40 数カ国に及ぶ欧州評議会加盟各国は、CEF に準拠した外国語教育を行うことに合意し、そのために国や州のレベルでカリキュラムや試験制度の見直しを始めとする、さまざまな改革が行われています。

 

「共通参照レベル」

 それでは、CEF によって新たに示されたものは何でしょうか。もちろん、さまざまな興味深い点がありますが、ここでは「共通参照レベル」を取り上げましょう。(「言語ポートフォリオ」などもとても興味深いのですが、紙幅の都合もあり別稿にゆずります。)

 最近日本のさまざまな学会でCEF が論じられる時、まず取り上げられるのがこの「共通参照レベル」です。これは、それまでヨーロッパで提唱されてきた言語学習の熟達度に関する指標を整理統合したものと言ってよいでしょう。ここでは言語学習者を三つの段階、すなわち「A 基礎段階の言語使用者」、「B 自律した言語使用者」、「C 熟達した言語使用者」に分け、各段階をさらに2 つに区分しています。従って、全体ではA1 からC2 までの6 段階が設定されることになります。(この6 段階は「聞くこと」、「読むこと」、「やりとり(話すこと)」、「表現(話すこと)」、「書くこと」の5 技能とマトリクスを成し、それぞれに自己評価のための基準が記述されています。)「共通参照レベル」は欧州評議会に加盟するすべての国ですべての言語学習に適用され、教科書やテストはこれを基準にすることになっていますから、非常に大きな影響力を持つものと言えます。

 これが日本の外国語教育にもたらす影響には、大きく分けて二つの点が考えられるでしょう。一つは、例えば私たちの受け持つ学生がどれくらいのドイツ語能力を持つかを判定する場合に使うということです。例えばX 君の「読む」能力はA1 で、「やりとり(話す)」はA2 だ、という具合です。むろん能力試験もこれと関係し、Goethe-Institut やÖSD のZertifikat Deutsch に合格すれば総合力としてB1、ÖSD のGrundstufe Deutsch を取ればA2 の能力を持っていると判断できるわけです。

 もう一つは言語教育政策に及ぼす影響です。多くの論者が指摘しているように(山田2005 等)、日本の外国語教育には指導要領はあるものの(大学における外国語教育にはこれすらありません)、百年の計としての言語政策と言語教育政策がありません。そのために、国全体の外国語教育が系統立って組み立てられてはおらず、小学校・中学校・高校・大学の各段階間での教育の連繋がうまくいっていないのが実情です。この連携を実効あるものにし、さらには個人が自分の能力を正しく判断し、生涯教育の中で自分の学ぶべきことを知るためには、しかるべき言語教育政策に基づいた「共通参照レベル」の策定が急務なのです。

 言語教育政策はまずは国レベルの問題です。しかし「どのような言語話者を育てるのか」という問題は、またそれぞれの学校でも取り組むべきものだと思います。その時に、CEF とそれに至るヨーロッパの努力は私たちにとってすばらしいモデルとなるでしょうし、すでに学校単位でCEF を参考に教育のデザイン作りに取り組み始めたところもあります。例えば、慶應義塾でも幼稚舎(小学校)から大学院までを視野に入れた外国語教育のグランドデザイン作りに着手していますが、その第一段階として、現在CEF の研究を行っています。

 

「1+2 言語政策」

 「1+2 言語政策」は「ヨーロッパ言語年2001」における新教育プログラムで目標として定められたもので、CEF に直接の記述があるわけではないのですが、CEF の「複言語主義」と深い関係があるので最後に簡単に触れ、本稿を結びたいと思います。

 「1+2 言語政策」は欧州評議会加盟国のすべてのこどもが、母語(1)以外に2 言語を学ぶという政策です。エリート教育では複数の外国語を学ぶということは以前から行われていましたが、しかしすべての生徒が一つでも外国語を学ぶようになったのは、ドイツでも1950 年代以降です。ヨーロッパの統合が進み労働市場が流動化する中で、現在欧州評議会が求めているのは、すべてのこどもが最低二つの外国語を学び、その結果、複数の言語を使い回しながら何とか意思疎通を図り、社会生活を送るという姿です。

 この背景にはCEF の複言語主義がありますが、そこではもはや母語話者をモデルとした言語教育観は見られません。つまりイギリス人のように英語をしゃべるこどもを育てるのではなく、現実の生活の中で必要かつ可能な限りで英語を話し、そこで行き詰まったらイタリア語やドイツ語に切り換えて、結果としてなんとか所期の目的を果たしてしまうという話者像が求められているのです。この点は、英語教育関係の学会ではあまり問題となっていないようですが、私たち第2 外国語の教師にとっては重要でしょう。英語以外の外国語をなぜ日本で学ぶのかという問題を、複言語能力養成の視点からもう一度考えてみることは、多様な言語文化的背景を持つ人びとがますます多く隣人として暮らすようになっている現在の日本においても、喫緊の課題ではないかと思います。

 

《参考文献》

山田雄一郎(2005):『日本の英語教育』岩波新書943

ヨーロッパ日本語教師教会編(2005):『ヨーロッパにおける日本語教育事情と Common European Framework of Reference for Languages』: http://www.jpf.go.jp/j/japan_j/publish/euro/index.html

吉島茂、大橋理枝、他訳・編(2004):『外国語教育II 外国語の学習・教授・評価のためのヨーロッパ共通参照枠』朝日出版社

(慶應義塾大学経済学部教授)